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生きてます!東南アジアを抜けてインド・ネパールの旅へ
大変ご無沙汰してしまいましたm(_ _)m

現在インドのバラナシ滞在中です。

昨年12月より

タイ北部 チェンマイ
     パイ
     チェンライ
     チェンコン
ラオス  パークベン
     ルアンパバーン
     ヴィエンチャン
タイ   ノンカーイ
     アユタヤ
インド  コルカタ
     ダージリン
     サンコラ(シッキム)
     ガントク(シッキム)
ネパール ポカラ
     カトマンズ
インド  パトナー
     ラージギル
     ブッダガヤ
     バラナシ(現在)

といった旅路になりました。

幸運なことに、ラオスのルアンパバーンで知り合ったタイのカメラマンのNumさんとガールフレンドのLoonさんとお友達になりアユタヤや水上マーケット・ワイナリーなど何日もかけて連れて行ってもらいました。

何もお礼ができなかった私達にNumさんLoonさんは「体に気をつけてね。また会いましょう」とだけ言ってインドへ旅立つ私達を送り出してくれた。

歳が少し上なのでお兄さんお姉さんができた感じで、この出会いにとても感謝した。

それから国際交差点バンコクでは、たくさんの日本人ツーリストとの出会いと別れの場所にもなりました。

素敵な出会いのもと向かったインド・コルカタでは、あとで考えると危なかった出来事もあったけど、「1度だけ無事に忠告してあげよう」とインディアゴッドが教えてくれたように何事もなく過ぎ去り、迷わず次の場所に選んだダージリンでは、濃厚な出会いが待っていた。

偶然に同じホテルに泊まっていたデリーからダージリンの友達に会いに来ていたパンサルさんとサクセナさん。それからダージリンで2人を待っていたビッキー。

この3人はみんな40歳過ぎのおじちゃんで、3人ともそれぞれの会社を持つ社長らしい。

この3人の中でダージリン滞在中とてもお世話になったのがビッキー。

初め、「警戒」を持って接していたのだけど、ダージリン滞在10日間中毎日のように食事したり、家に遊びに行ったりしているうちに、警戒する方が間違っているように思うようになった。

出会いを含め、ダージリンの町には再度訪れたいと素直に思える街になった。


ビッキーは私達が次に目指す、ダージリンよりもさらに北部にあたるシッキム地方へ行く際も「いいところだから泊まらせてもらいなさい」とシッキムの友達を紹介してくれて、サンコラという小さな村に住むサルー♂とリチャー♀とシタル♀という友達の家に2日間ホームステイさせてもらった。

シッキムのサンコラという村は、山間を流れる川沿いにあり、朝の目覚ましは川のせせらぎで、とても感動した。

リチャ達は地元の人しか行かないような川の上流まで案内してくれて、豊かな自然に囲まれた中に育ったシッキムフレンドを羨ましく思うくらい素敵な場所だった。

サンコラで「暮らし」を満喫し、シッキムの首都ガントクへと向うことにした。

笑顔で見送ってくれたサルーとリチャとシタルに心から感謝した。さらにリチャの彼氏でママさんには、ガントクまで送ってもらったりと、リチャ同様お世話になった。

ガントクではビッキーと合流して、ガントクを満喫。

5日後、スイグリーを経由してネパールに入国した。ビッキーも一緒だった。

しかし、この時期のネパールはある意味インドより危険だということを、入国したのち理解したため、このタイミングで入国した事を少し後悔した。

王政が廃止になったらしいネパールは、とても不安定で毎日のようにデモが続いていた。

最短ビザ(2週間=25USドル)しか取っていなかった私達は、ヒマラヤ山脈を望めるポカラへと急ぎたかったが、デモのためバスが足止めになり、国境から近いビルタモードという町に寄る事になった。

ポカラを諦めて、インドに戻ろうかと思案しているうちに、運良くデモの休息日に当たりネパール入国3日目にしてポカラを目指すことができた。

けれど…

とても楽しみにして向かったポカラの街は、予想以上に大きく観光地の中の観光地と言った印象で、レンタルバイクでポカラの街とヒマラヤ山脈を望める山へ行ったっきり、トレッキングもせず街を出る事にした。

ポカラの街というよりも、そこに住む地元の人々に良い印象を持てなかったのが大きな理由だった。

もしかしたら、今の不安定な国政で人々の心も多少の影響を受けているのかもしれなかった。

ただ、ポカラではダージリンで一晩だけ同じ宿になり、冷えた部屋で何時間も話をした滋賀に住む男の子、朋くんと奇跡的に再会したことはとても嬉しい事だった。

さらにカトマンズでも再会し、3度も偶然に会えたことは何かの縁だと、「日本でも会おう!」と縁の続きを楽しみに、帰国する朋くんを見送った。

カトマンズから向かった先は、インド・パトナーだった。

パトナーはカトマンズより真南に行ったところにある州都でガンジス川流域に発展した街だと聞いていた。

ネパールの夜行バスで国境まで行き、国境越えをするとインドの地元ツーリストバスを乗り継いでパトナーへと向かう。

カトマンズを出て24時間。ようやく着いたパトナーでは、ツーリストを拒む宿ばかりで苦労した。大金(私達にとっては)を払って泊めさせてもらい、他のホテルでも同じだったので2日後にパトナーを出た。

ここから先は、仏教の祖先ブッダ(お釈迦様)の足取りを追うように、行き先を選ぶ事になった。

ブッダが長年に渡り説法していたというラージギルを目指した私たちは、シマリスの駆け回る結婚式場を併設したホテルに泊まっていた。

丁度、hiroの29歳の誕生日の日、結婚式が行われていた。

ホテルの責任者兼学校の先生という、おじさま(名前を聞きそびれた…)に誘われるまま、インド式結婚披露宴を主役の家族に混じってお祝いさせてもらった。

披露宴後、食事にも誘ってもらって美味しい祝飯を頂いた。
これがhiroの誕生日パーティになった(笑)

ラージギルでは温泉が湧き出ていて多くの地元人が利用していた。老若男女、みなの憩いの場だ。

それと実際にブッダが説法していたという霊鷲山の説法台へ登った。

タンガーという馬車で山の麓まで行きそこから頂上まで歩いて登った。

乾いた大地を一望できる霊鷲山の説法台のとなりで、無言で何かを捕らえようと努めてみた。

「何か」は、自分の旅と人生と、生き方と考え方と…
ブッダのように明確は、捕らえられなかったがここへ来て良かったと漠然と思った。

説法台とともに、日本の日蓮の方達が建てたストゥーパも拝んだ。



ブッダも死を持った人間だった。
ただ、尊敬以上の人になった方というだけ。

仏教はその人の教えで、苦しむ人々が救われるようにとできたはず。
では、お金(寄付金)に重きを置く宗教団体とは何だろう…。



私の足りない知識では、答えは当分でないかな。

こういう事に出会えるだけで、旅の厚さが増す気持ちになり、楽しんでいる。

過ごしやすいラージギルを出て、ブッダガヤを訪れたのが日本のひな祭りの頃だった。

ここはブッダが悟りを開いたという仏教の聖地にあたり、多国の仏教徒が多く訪れていた。

インドの人は宗教の話になると、たいてい日本人に「ブッディスト?」と聞く。

私が知っている限りでは、生前宗教を持たなくても、葬式の時は仏教式になることが多いのではないかと思う。

私達はいつもそれを聞かれると「特定の神様は持たないが、あらゆる神様を尊敬し信じている。自然も人も動物もそれに値する」と答えるようになった。

100%理解してもらわなくてもいいと思っている。

ブッダガヤは仏教の聖地だが、住んでいる人々はほとんどヒンドゥー教・イスラム教の人々だった。

でも、ホーリー(インドの3大祭りの一つ。カラーフェスティバルのこと)で食事をご馳走してくれたり、お世話になったマヘンダーさんが「宗教は、友達の間では問題にならない」と言っていた。

実際にホーリーでお世話になったメンバーは、半分がヒンドゥー教徒、もう半分がムスリムだった。

ブッダガヤでは、私もhiroも下痢と吐き気におそわれた。

宿がトイレ温シャワー付きの広々とした大理石風の部屋で一泊150ルピー(約300円)と格安で泊まれていたので、食事はローカル食堂ではなくツーリスト向けのレストランを利用していたにも関わらず、突然に体調を崩した。

インドの旅に付きものの「下痢」。

これまで会って来た日本人ツーリストの中でインドへ行った人は、下痢を経験しない人はいなかったように思う。

幸い、バラナシからブッダガヤに来た日本人のヒロさんという男性から、インドの薬局には必ず置いてある栄養補助食品的な「HIMALAYA」シリーズの存在を教えてもらった。

①bael fruit…細菌排出・消化促進作用
②triphala…消化管修復作用

この2種類を一日2回飲んだ結果、2・3日後には復帰した。

下痢が続いている時は、同時に日本のポカリスエット役の「エレクトラルパウダー」を水に溶かして飲んだ。

インド旅行の必需品として一番にこれをあげるだろう。

と、お互いの体調が良くなったのを見計らって仏陀(ブッダ)が悟りを開いたと言われる菩提樹の木の下で、何も考えずにただ目を閉じて一時を過ごした。

この世の全ての意味は「生」にあり、「死」は「生」に含まれる。

子供の頃、お化けがとても怖かった。

そして、そのお化けは漠然と「死」とつながっていた。だから怖かったんだと、思い出した。

今は、子供の頃感じていた「お化け」を見なくなった。

ブッダは大人になって、人の親になってからも「死」を怖がっていた。今よりも昔は「死」が身近だったからかもしれない。

久しぶりに、「お化け」とか「死」とか「生きる」とかを考えることになった。

巡る考えを持ったまま、次なる聖地バラナシへと向かった。

聖なる河ガンガーを横目に軒を連ねる街バラナシ。

正直、乾季のガンガーは見ただけではただの川だった。

でも、お墓を持たないヒンドゥー教徒の人たちの最高の幸せは、このガンガーで焼かれ遺灰を流してもらう事だと誰ともなく聞いた話だった。

その歴史は1300年以上も続いていると言うから「聖なる河」の意味が人々の「想い」によって支えられているように感じた。



現在、バラナシのウルヴァシG.Hの最上階で、この地を感じようとしている。



…旅に出て丸9ヶ月。

長ければ良いてっもんじゃないことを知り、そろそろ日本に帰る事も選択肢に入れている(笑)

そうなったら、お土産持って会いに行きます(^^)v

真っ黒になってるし、しみ・そばかすも増えてるし、肥えて来たし…(^^;で、驚くかもしれないけど私だって気付いてね。

想いを寄せるみんなが、ただただハッピーでありますように。

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